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今日は、しげるの所属している劇団の公演を見てきた。

もったいないことかもしれない、と思いながらも今日は何も考えずに漠然と見てみました。
それこそ、大学に入る前の自分の目線というか。

そうするとね、情報量が減るんですよ。役者の顔とかセリフの内容くらいしか頭に入ってこない。
どんな演出をしたかとか、どこに工夫をしているのか、とかが全然入ってこない。ここはいいなぁ、これはちょっと、とか何にも思わなくなってしまった。

落語なんかもそうですが、楽しもうという客の姿勢ってやっぱり必要なのかもしれない。楽しまんどこう、って思ってたら、そら楽しくは無いですよね。


ただ、楽しみ方がわからない人も楽しむつもりも無い人も、問答無用で自分の世界に引きずり込んで自然と楽しませちゃうのが一流の演者なのかなぁ、なんて思ったりもした。
あー、ちょっと話がそれたよ。

では、それたついでに今日の感想を。

演劇そのものは、前回と今回から察するに、この劇団のシナリオはこういうのが多いんだろうなって思った。気分爽快、元気がスカコーン!みたいなノリではなかった。

そして、しげるの演技はすばらしかった。前回以上に。ここへ来て僕は、彼はひょっとして僕が大学でであった人の中で一番タレントをもった人間だったのかも、と思ってしまった。


でまぁ、話を戻すとですね、芝居をみてあんまり何にも感じなかったわけですよ。意識的にそうしてみたんだけど。

そしたらわかったことがあった。

僕は、自分のアンテナが鈍ったら自分に失望する。

今よりも見るもの聞くものから何も感じなくなり、何も思わなくなり、何も考えなくなってしまったら、僕は自分に失望する気がする。あー、俺つまんなくなったなぁって思って。

大学3,4年の頃に比べて、僕のアウトプットのチャンネル数は確実に減っている。チャンネル数というかチャンス。アウトプットするチャンスが減った。
これがどんどん減って、最終的に、もしも全くなくなってしまったら、アウトプットに使うための材料となるインプットを遮断してしまうと思う。

僕は入ってきたら、消化してそれを自分の中のものと練り合わせて排泄したいのです。でもそれができなくなったら、外部からの刺激を取り込むことも「めんどくさい」とやめてしまう気がする。
どうせ、これを見て聞いて考えても、それを結局どうすることもできないんだから、考えても無駄かも。と。


そうなると自分に失望し、だめになると思う。
もう、概念とか思想とかを深く考えてる人間を「だけんどしたん?それを考えてどうなるん?」と言う風に、簡単に言うと馬鹿にして見てしまいそう。
うわー。

それは楽でいいかもしれないけど、なんか脳が死にそう。自己満足でもいいから自分なりの答えを探してたいと思う。

だから、出し続けていたい。
しかし、出し続けることができるだろうか。

僕はみんなが思う以上に、飽きっぽいのです。

ギターだけは飽きることなく9年くらい続いているけれど、これにいつ突然、飽きがくるかわかりません。実は内心ビクビクしているのです。追いコン前にギターを卒業する事だって十分ありえる。

もちろん今のところそんな予定は無いし、将来は自分の孫とセッションする気満々なんですが。
孫と速弾き対決するおじいちゃん。
アツくね?w


今日の屁文句
まだまだ若ぇのには負けん。

秘密