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先日の記事において、2002年の頃の僕達もなかなかイケテルっつーことが確認できましたね。
音源を残しておくのはいいですね。
学生時代の良い思い出の一つです。

そういえば田川で合宿したりもしましたね。何かのイベントにオープンで出演した際に。
田川のクルマはスモークガラスが多いっつってはしゃいだ気がします。

オープンに関して個人的に一番おもしろかったのは、4年の追いコンのときで、ヒラーク・ディッキンソンが知らないうちにボーカリストとして成長していたことかな。

ま、そんな話はここまでで。


今日は、最近考えてることでもここに羅列してみましょうかね。

1.なんで僕は音楽をやってるのだろうか、やってきたのだろうか。

2.最終的に福岡で暮らしたいんだけど、そのためにはどうしたらいいのか。

3.宝くじがもし当たったら、どのレベルの関係まで(3親等以内とか)報告しようか。

4.新しいPS3はいつ発売されるのか。

5.なんか暑くない?


うーん、何について書こうかなぁ。
よし、1番について書こう。そうしよう。


奇跡のシンフォニーという映画が公開されてます。
孤児院の子どもが、音楽を通じて親と再会するという内容です。
映画としてはまぁ普通なんですが、音の演出がややおもしろかったので気になる人は見てみてね。
おもしろかったといっても、新しさは感じなかったので無理に見なくてもいいと思いますが。

で、主人公は親を探すために音楽をやってるわけなんですが、あれ?じゃあ僕は何のために音楽やってきたんだっけなぁ、と思っちゃったわけです。
音楽やるのに別に理由なんて必要じゃないんでしょうけど。


これ、考えれば考えるほどに、究極的には自分のためという答えに行き着いてしまいます。
だからこんなに我の強いギタリストになってしまったんでしょうね。


ところで、みなさんはライブやってて、もしくは観てて「むなしさ」みたいなものを感じたことはありますか?
僕はあります。

(以下、僕の修論以上にむちゃくちゃ長くなってしまったので、ちょっと端折らせていただきます。端折ることで誤解が生まれるかもしれませんが。)



とまぁ、そういうわけで「むなしさ」を感じるわけなんです。
どうでしょう、強く共感していただける方も多いんじゃないでしょうか?


ライブって、出演者は自分の中にあるものを表現したい(排泄したい)という欲求のもとに、観客はそこから何かを持って帰ろう(摂取しよう)とする期待のもとに、成り立っているような気がします。

しかし、一見成り立っているようで、実は成り立ってないんじゃんかろうか。
出演する側のほうが圧倒的に得るものが大きい気がする。


日本のとあるロックフェスのDVDの特典映像に「あなたにとってこのフェスはどんな存在?」という質問にお客さんが答えてるものがあったんです。それをたまたま見る機会があった。

「生きがいです」「私の全てです」
酒に酔ってるからかそんな答えがいくつかあった。

正気か?と思っちゃったけど、知らない快感を理解するのは難しいよね。
彼らはたぶんステージで表現することがどれほどのものなのか知らないんだろうなぁ。




話がブレて来たけど、よ、要するに、だ。
なんで僕は音楽をやってるのか、っていうと、それが気持ちよく楽しすぎるし、今までの人生においてそれ以上の快楽に出会えていないからなんだろうなっていう話。

表現すること
出会えること
産み出せること
自画自賛すること

その瞬間その場所で
誰かと音を出し合って、聞きあって、個をぶつけ合って、お互いを認め合って
それが気持ちよくないわけが無いでしょうに。


今日の屁文句
くそう、暑い
[ 2008.07.06 | 戯言 | コメント: 7 | PageTop↑ ]

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